大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成5年(あ)529号 決定

本店の所在地

岡山県倉敷市児島味野二丁目二番三九号

山縣化学株式会社

右代表者代表取締役

山縣章宏

本店の所在地

同 倉敷市児島下の町三丁目八番四八号

株式会社瀬戸商会

右代表者代表取締役

山縣章宏

本籍

神戸市長田区北町二丁目八番地の一

住居

岡山県倉敷市児島田の口七丁目六番一号

会社役員

山縣章宏

大正一三年七月二二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年五月一二日広島高等裁判所岡山支部が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人藤本徹の上告趣意のうち、憲法三五条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするものであり、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

平成五年(あ)第五二九号

上告趣意書

法人税法違反 被告人 山縣化学株式会社

同 株式会社瀬戸商会

同 山縣章宏

右被告人らに対する頭書被告事件について、上告の趣旨は左記のとおりである。

平成五年七月二〇日

右弁護人 藤本徹

最高裁判所第三小法廷 御中

一 原判決は憲法第三五条に違反する手続により押収された証拠を採用しており原判決には憲法違反がある。

憲法第三五条によれば押収するものを明示する令状がなければ何人も書類等を押収されることはない旨規定しているが、本件国税局が持参した令状には押収するものを明示する記載があるとはいえない。いずれも、抽象的なものの特定であり、これでは押収するものを明示した令状とはいえない。

よって、原判決は証拠として採用してはならない証拠物を有罪認定の証拠にしており破棄を免れないものである。

二 原判決には採証法則に違反した違法があり、著しい事実誤認があるのでこれを是正しなければ著しく正義に反すると考えられる。

本件の争点は以下に述べるとおりである。

(一) 被告人らは控訴審において、公訴事実中、被告人山縣化学株式会社に関しては「カゴ平商店」に関する所得は同被告会社の所得に属さず山縣静子に帰属する、特許料についても簿外経費である旨主張し、被告人株式会社瀬戸商会関係では、「カゴ平商店」を被告人山縣化学株式会社に帰属させるのであれば、「カゴ平商店」への売上所得を減算すべきである旨主張してきたが、原判決はいずれも被告人らの主張を認めず、第一審判決のとおりの事実を認定している。

しかしながら、控訴審判決は第一審同様商法を正当に理解せず、民事法を無視して、国税局の主張に引きずられている。会社の経理は商法等の民事法に基づいて行われているものであり、私法上の取引を課税目的のため勝手に解釈することは許されないと言わなければならない。本件における最大の争点であるカゴ平商店の所得帰属問題については、商法上独立した会社間の取引を無視した判断であり違法というほかはない。

(二) 原判決は「カゴ平商店」の売上利益が被告人山縣化学株式会社に帰属する理由として、〈1〉 山縣章宏は、昭和四七年山縣化学を設立し、従来は個人事業としていたプラスチック製品の製造販売の仕事を引き継ぎ、妻の山縣静子は取締役として個人事業の時期に引き続き同社の資金繰りの仕事を担当していたこと、〈2〉 昭和五一年頃山縣化学の公表帳簿に計上していない借入金が累積したため、簿外での新たな借入れが困難との山縣静子の訴えにより、山縣章宏は山縣化学の東京地区の売上利益を山縣静子がしていた簿外の借入金弁済に充てることとし、昭和五二年初めころから東京地区の販売を担当していた山縣化学東京営業所の売上げを山縣化学の公表帳簿から除外するようになったこと、〈3〉 山縣章宏は同年六月から山縣化学東京営業所の名称を廃止し、新たに「カゴ平商店」の名義で山縣化学の製品の東京地区での販売をすることとし、これまでは山縣化学から直接東京地区の得意先に製品を売っていたのを山縣化学から一旦「カゴ平商店」に小売価格の二五ないし三〇パーセントの価格で売り、「カゴ平商店」から東京地区の得意先に小売価格の一五ないし二〇パーセントの利益を見込んで売るという取引形態を作り、右の一五ないし二〇パーセントの利益は山縣化学の公表帳簿に計上せず、山縣静子が前記の簿外借入金の弁済に充てるなどしていたこと、〈4〉 「カゴ平商店」の設立に際し、その経営者とされる山縣静子は何ら出資をしたことはなく、「カゴ平商店」名義の取引は山縣化学東京営業所がしていた取引をほとんどそのまま引き継いだものであること、〈5〉 山縣化学東京営業所の営業譲渡は山縣化学の営業の重要な一部の譲渡であるのに、そのため必要な株主総会の特別決議はなされておらず、営業譲渡の対価の授受もなされていないこと、〈6〉 山縣化学東京営業所を「カゴ平商店」が引き継いだとき得意先に送った挨拶状には「カゴ平商店」責任者山崎今朝喜(山縣化学東京営業所の営業を代行していた者)及び山縣化学山縣章宏の名前のみが記載され、「カゴ平商店」の経営者とされる山縣静子の名前は記載されていないこと、〈7〉 山縣静子は「カゴ平商店」開業についての税務署長に対する開業届を提出しておらず、「カゴ平商店」の事業所得についての確定申告もしていないこと、〈8〉 「カゴ平商店」名義で取引をするようになってからも、東京地区で販売する山縣化学の製品については、すべて前記山崎今朝喜又は得意先から山縣化学に対し注文がなされ、右のように注文があった商品は山縣化学の工場から山縣化学東京営業所名義で借りていた倉庫又は得意先に対して発送され、山崎今朝喜はその取引による伝票などを山縣化学に送り、集金した販売代金も全額を山縣章宏の個人名義の銀行口座に振込送金していて、山縣静子は右の過程に何ら関与していないのであって、その取引形態は山縣化学東京営業所の名義で取引していた当時と実質的に変わらないこと、〈9〉 「カゴ平商店」名義の取引の伝票整理、帳簿記載、請求などの事務は、従前山縣化学東京営業所の同様の事務を担当していた福島冨佐子が山縣化学従業員の身分のまま山縣章宏の命によりこれを担当し同人にその内容を報告していて、同女が作成していた「種類別売上表」には、山縣化学本社の売上額、「カゴ平商店」名義の売上額及び右両方の売上額を合計した金額が毎月一覧表の形で記載されていて、山縣化学と「カゴ平商店」とを併せた売上額が把握できるようになっていたことが認められる。してみると、原判決が説示するとおり山縣化学の東京地区での売上げを山縣化学の公表帳簿から除外するための手段として、名称を山縣化学東京営業所から「カゴ平商店」に変更して、外見上山縣化学から独立した商店に見せかけただけであって、その実態には変わりがなく、「カゴ平商店」は単なる名義人であって、右の名義による取引の収益は山縣化学が享受しているものと認められるから、法人税法一一条に定める実質所得者課税の原則によれば、「カゴ平商店」の売上所得は山縣化学に帰属するものというべきである。と認定している。

(三) しかしながら、これでは第一審判決の判断を一歩も出るところがなく、事実に関する証拠価値の判断を著しく誤っていると言わなければならない。株式会社瀬戸商会を取引上経過していることをどのように判断するか見解を明示すべきである。また「カゴ平商店」の利益を山縣化学株式会社が取得した事実は全くない。山縣静子が管理し自分で費消していたのである。この事をもって、所得は実質的に山縣静子に帰属していると判断すべきである。

(四) 特許料についても原判決は、被告人山縣化学株式会社と山縣静子との間において、年間一、八〇〇万円の特許使用料を支払う契約の存在することを認めたうえで、原判決と同じ理由で簿外経費として損金算入することを認めていない。被告人らの捜査段階における供述調書中に、契約の存続につき曖昧な記載が一部あるし、昭和五〇年度から昭和五六年度まで未払いとなっていた事実があったとしても、これを捉えて契約の当事者でない国税局や捜査官が民事上の契約解除を認定するのは違法である。被告人山縣化学株式会社は、昭和五七年度から、昭和五〇年度分に遡って支払いをしており、これに対する源泉所得税も納付しているのである。契約が公正証書により締結しているのに、解除について一切文書がないということは、解除がなかったという証拠である。

原判決は、法律の解釈を誤っており、特許料は損金として認めるべきである。

(五) 被告人株式会社瀬戸商会関係について

瀬戸商会については、予備的主張をしていたのであるが、原判決のように「カゴ平商店」を山縣化学に取り込むのであれば、瀬戸商会の所得の計算上、瀬戸商会から「カゴ平商店」に販売した物品につき五パーセントの販売利益を計上したのを控除しないのは明白な誤りである。

原判決のいう実質課税の原則から言えば、実質所得を本件において捜査当局が否定したのであるから、この否定された利益に対する課税という理由が出てくるはずがないのである。販売先の存在を否定してしまい、小売店等に対し山縣化学は直接販売したとして山縣化学に課税しておきながら瀬戸商会に課税するというのは著しい不合理である。これでは税金の二重どりである。いかに税法といえどもこのような筋の通らない解釈はないと考えられる。原判決は、計算の煩わしさを避けるため、敢えて弁護人の主張を入れなかったのである。

(六) 以上のとおり、原判決における事実認定の誤りは著しく正義に反するものであり、原判決は破棄されるべきものである。

三 原判決には最高裁判所の判例に違反する違法がある。

原判決は実質所得者課税の原則からみて、本件被告人山縣化学株式会社に対する「カゴ平商店」の売上げも課税できるし、株式会社瀬戸商会に対する課税もできると判示している。しかし、最高裁判所第二小法廷昭和三七年六月二九日判決(裁判所時報三五九号一頁)等における実質所得者課税というのは、法律上の名義と、法律実質が異なる場合の課税を問題としているのであって、本件のように山縣化学株式会社から株式会社瀬戸商会に売却し、更に「カゴ平商店」に売却したという認められた主体が二以上ある場合の事案は事例を異にするというべきである。瀬戸商会の法人格を否認して、すべてを山縣化学に一本化するような構成であれば実質所得者課税の問題となると考えられる。よって、原判決には判例違反も存する。

四 以上の理由により、原判決は破棄を免れないものであるから上告の申立をした次第である。

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